弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」

暴走する運営指導と向き合う心得3選

前回、居宅事業所が保険者である寝屋川市に勝訴した事例をご報告しましたが、たくさんの反響を頂きました。皆様の関心の高さに驚くとともに、改めて全国で多くの事業所が理不尽な指導や処分を受けている実態が明らかとなりました。問題は、このような現場における行政の間違った指導がどれだけ存在するかといった状況を、誰も把握や公表をしていないことです。

厚生労働省は、「介護保険施設等運営指導マニュアル」(令和4 年3月)で、全国の自治体に「運営指導において、相手方に対して高圧的ととられる態度を示したり、そのような言葉遣いをすることは許されません。行政機関は、単に法に基づく権限を行使しているに過ぎません。また、その権限に基づく行政指導についても、相手方の任意の協力に基づき行うものであり、そのような態度は行政機関としての信頼性を著しく欠く要因ともなります。」と明記し戒めています。

裏を返せばそのような「高圧的」な態度や言葉遣いの行政職員が一定数おり、被害にあった事業所からの苦情が厚労省にも届いている、ということでしょう。

運営指導も合理化・効率化が推進され、これから指導件数も増えていくことが予測されますが、多くの事業所にとって、まだまだ運営指導は「そう滅多に来るものではない」という存在ではないでしょうか。それだけに、行政から直接の「被害」は受けていないという事業所が大多数でしょう。また多くの事業者は、行政に高い信頼を寄せており、実際に体験するまでは、行政機関が理不尽で、硬直的であるとは思っていません。

しかし、少なくとも筆者はこれまで受けてきた相談事例から、行政の理不尽な対応に伴うトラブルは、決して珍しい話ではないと認識しています。

前回の寄稿で紹介した裁判例中で被害にあった事業所には、地域でも有力なプロ集団ともいうべき優秀なケアマネジャーの方々が集っていました。そうした方々でも、紹介したようなトラブルに巻き込まれたのです。逆にいえば、どの居宅事業所も、理不尽なローカルルールや返戻指示に遭遇する可能性があるといえます。

ならば、行政とのトラブルに巻き込まれないようにするには、そして、万一巻き込まれた際、いつでも戦えるようにしておくには、日ごろから何を心がけるべきでしょうか―。今回は3つの心得を紹介します。

行政と向き合う際の心構えその1 行政も間違うことがある

行政職員といえど人の子。当然間違うこともあります。わかりやすい例として、まさに前回紹介した寝屋川市との裁判があげられます。前回紹介した事例では、以下の解釈通知が大事なポイントとなりました。

「利用者から介護支援専門員に対して複数の指定居宅サービス事業者等の紹介を求めることや、居宅サービス計画原案に位置付けた指定居宅サービス事業者等の選定理由の説明を求めることが可能であること等につき十分説明を行わなければならない」(老企第22号厚労省課長通知)。この通知は、元となる運営基準第4条2項と重複していますが、「選定理由の説明」を求めることができる、とする点を新たに追加しています。

そして、この「選定理由の説明」についても重要事項説明書に書いていなければアウトとする行政も多いようです。事実、寝屋川市はそうしたスタンスを取り、事業者に返戻を求めました。

しかし、そもそも法令解釈の世界では、解釈通知というものは行政内部の取り決めにすぎず、国民に向けられたものではありません。従って原則として法的拘束力は認められないということになります。

前回の寄稿で紹介した訴訟では、裁判所は「本件課長通知は、飽くまでも所管庁の課長が発出した通達であって法令ではなく、国民や裁判所を法的に拘束するものではない」と判示しました。「これでは解釈通知の意味が無いではないか」と思われるかもしれませんが、運営基準には拘束力がありますから、最初から「選定理由の説明」についてもそちらに書いておけばよかったのです。それを、解釈通知の立場を忘れ、いわば「蛇足」として要件を追加したのが誤りであったということです。

以上より、具体的にはこれから指導が入ったときに、もし「選定理由の説明という言葉が抜けているから減算です」と言われたら、「解釈通知は国民を法的に拘束するものではないから、違反にはならないですよね」と言い返せばよい、ということになります。

ただ、弁護士でもない限りいきなりそのような法律論を仕掛けることは難しいかもしれません。本当に困ったときは私の事務所「弁護士法人おかげさま」にご相談頂ければとお思いますが、まず知って頂きたいことはこのように行政職員も間違うことがあるということです。「何かおかしい」「引っ掛かる」「納得いかない」ということがあれば、声に出していくことが重要です。「行政の言うことに間違いはないだろう」と、盲目的に従う必要は無いのです。

行政と向き合う際の心構えその2 行政は法律に従う

義務教育で習うように、我が国の国家権力は国会(立法府)、内閣(行政府)、裁判所(司法府)の3つに分立されています。行政は国民の作った法律の実行部隊」に過ぎず、自ら勝手にルールを決め国民を取り締まることはできません。

このことは、冒頭で紹介した厚労省のマニュアルにも「行政機関は、単に法に基づく権限を行使しているに過ぎません」とはっきり示されています。

行政の指導や処分には、必ず法令の根拠があります。法令の根拠に基づいていなければなりません。ならないはずです。ところが、介護保険制度があまりに複雑化し、各自治体に権限が丸投げされたことから、ときに法的根拠のない指導が現場で横行しているようです。利用契約書の書式(判子を押すべきなど)や記載事項などを事細かに指導する例が典型ですが、そもそも契約書の作成は介護保険法令上義務ではなく、作らなくてもよいものです。そこに指図する権限は行政にはありません。

ですから、心得1「行政も間違うことがある」ことを念頭におき、おかしいと思ったらまずは法的根拠を尋ねてみると良いでしょう。はっきりした条例や通知などを示すことができなければその担当官が勝手に言っているだけですから従う必要はありませんし、解釈通知であれば元々法的拘束力が無いともいえるのです。簡単に諦めない、盲目的に従わないことが肝心です。

行政と向き合う際の心構えその3 行政職員がいいといっても、完全に信用しない

皆さんも経験があるかもしれません。「前の担当官に尋ねたら問題ないと言われたのでそうしたのに、今になってダメと言われた」ということを。現場ではよくあることですが、本来、理不尽な話なのです。また、運営規程や申請書等を提出し、受理されたのでてっきり問題ないと思っていたのに、その後の運営指導で唐突に不備を指摘された…という相談もよく耳にします。

事業所からすれば同じ行政機関なのに、見解や指導がころころ変わるというのではたまったものではありませんが、実はこれは行政の在り方としては致し方無い所があります。なぜか?心得その1「行政も間違うことがある」からでしょうか。

そうではありません、心得2「行政は法律に従う」からなのです。

つまり、あらゆる物事は最終的に法令、もし明文規定がなければその「正しい解釈」により運営されるという大前提があるのです。それは事業所にとって有利になることも不利になることも同じであり、減算、返戻など不利な指導に対しては「法令違反ではないか」と争うべきであり、逆にこちらに有利な指導(人員基準の要件を満たすなど)については「あの担当者は良いといったが、法令に照らせばNGと言われる可能性もあるのではないか」と半信半疑になって確認することが自らの身を守ることに繋がるのです。

たまたま担当官が「良いですよ」と言ったからといってそれだけで無条件に信用せず、「本当にそうなのか?突っ込まれないか」と疑い法的根拠の裏付けを確認するようにしましょう。たとえその助言に問題があったとしても、行政はその責任を取ってはくれません。実際、「あのときいいと言ったではないか」という苦情を行政が受け付けることは基本的にはありません。特に、その担当者が既に異動になっていたりすれば。

ただ、なんらかの記録が残っていれば、行政側の対応も違ってきます。そのため、行政とはメールでやり取りをし、履歴を残すよう心掛けるなど、事実を確定・記録していくことが大事です。

外岡潤
1980年札幌生まれ。99年東京大学文科Ⅰ類入学、2005年に司法試験合格。07年弁護士登録(第二東京弁護士会)後、ブレークモア法律事務所、城山総合法律事務所を経て、09年4月法律事務所おかげさまを設立。09年8月ホームヘルパー2級取得。09年10月視覚障害者移動介護従業者(視覚ガイドヘルパー)取得。セミナー・講演などで専門的な話を分かりやすく、楽しく説明することを得意とし、特に独自の経験と論理に基づいた介護トラブルの回避に関するセミナーには定評がある。主な著書は『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)、『介護トラブル対処法~外岡流3つの掟~』(メディカ出版)、『介護職員のためのリスクマネジメント養成講座』(レクシスネクシス・ジャパン)など。「弁護士 外岡 潤が教える介護トラブル解決チャンネル」も、運営中。

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