弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」
※この記事は 2023年3月24日 に書かれたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください。
利用者が財産をめぐる親族トラブルに巻き込まれたら…
- 2023/03/24 09:00 配信
- 弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」
- 外岡潤
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ときにケアマネジャーは、ご利用者とご家族・ご親族との間のトラブルに遭遇することがあります。明らかにご利用者の権利や財産が侵害されているとき、ケアマネの立場でどのようなことができるでしょうか。事例を見てみましょう。
実の子がご利用者から土地と家をだまし取った!?
ご利用者:85歳代女性、要介護1 70歳になる直前で、アルツハイマー型認知症を発症。
ご家族::長男(50代)のみ。夫はすでに他界
サービス利用状況:ショートステイ
長男とその家族に自宅を「だまし取られた」ご利用者への対応で悩んでいます。
ご利用者は夫から単独で相続した土地と建物(実家)に一人暮らししてきましたが、認知症を発症してしまいました。その時、キーパーソンである長男は、「母が暮らしやすくするため」といい、ご利用者の不動産名義を強引に自分に変えさせました。さらに長男は、ご利用者の口座から引き出した大金で自宅を改築しました。
ところが改築が終わると、長男の妻が自分の両親を遠方から呼び寄せたのです。当人であるご利用者には部屋は用意されていませんでした。つまり、長男は実母であるご利用者から土地をだまし取り、住む家を奪い、自分の妻とその両親とともに生活を始めたのです。
今、ご利用者はショートステイでしのいでいますが、いつまでもそんな状態でいられるわけもありません。あまりにご利用者が不憫なので長男に何とかするよう説得していますが、「いまさら、お母さんの介護に高い金をかけるのもねえ…。ショートステイだけでなんとかならないの?」と、有料老人ホームなどへの入所は認めようとしません。
実母から土地と屋敷をだまし取るような輩とは関わりたくもありませんが、被害にあった利用者を見捨てるわけにもいきません。何かよい策はないでしょうか。
やるべきは「後見制度の利用」と「経済的虐待の通報」
「家庭内の問題であり、ケアマネの立場からは何もできない」と思ってしまいがちですが、ご利用者の権利や財産が脅かされている状況であれば権利擁護の観点からできること・なすべきことがあります。それが「後見制度の利用」と「経済的虐待を理由とした対応(通報)」です。
幅広い権限を持つ後見人
本件のようなときこそ、まっさきに考えたいのが「後見制度」の利用です。「後見制度」(正式には「成年後見制度」)とは、認知症や精神障害などで判断力が不十分な人のために、財産の管理や収入・支出の管理、介護サービスの利用契約を締結するなど、生活環境を整える行為を代わりに行ってくれる後見人をつける制度です。
「後見制度」には、既に判断力が無い人に家庭裁判所が後見人をつける「法定後見」と、判断力が十分あるときに、将来自分の後見人になる人と契約を交わす「任意後見」の二種類がありますが、本件ではご利用者は既に認知症ですので、「法定後見」のコースでいくことになります。
そして「法定後見」には、認知症が重い方から順に、「後見」「保佐」「補助」と3つのランクが用意されています。長谷川式スケールが10点以下であれば、一番重い「後見」の対象となり、後見人が選任されます。おそらく本件も「後見」の対象となるでしょう。
制度活用に向けた具体的な手続としては、まずは、ご利用者の住所を管轄する家庭裁判所(家裁)というところに、親族らが申立てをしなければなりません。その後、家庭裁判所が「後見開始の審判」をして、本人を援助
する人として後見人を選任します。後見人は,本人に代わってその全財産を管理し、本人のために契約を結んだり、本人が結んでしまった契約を取り消したりすることができるなど、幅広い権限を持ちます。
後見人には誰でもなることができますが、被後見人となる本人のご親族か、弁護士や司法書士などの専門職後見人が選ばれるパターンがあります。親族間でもめているなど、法的な処理が必要な場合は後者が選ばれることが多いといえます。本件でも、家裁に申し立てがなされれば、おそらくは、このご家庭とは全く関係のない弁護士が選任されるでしょう。
そして後見人が正式に選任されれば、後見人が本人=ご利用者のために長男から奪われた財産を取り返してくれます。具体的には、ご利用者の法定代理人として長男に不動産譲渡契約の無効を主張し、名義を元に戻させ、また本人が承諾していないとして引き出したお金を戻すよう要請するといったことが考えられます。長男は、たちまち青ざめることになるでしょう。
家族・親族以外が後見制度を申し立てるための「裏ワザ」とは?
このように大変心強い制度なのですが、問題はどうやって制度活用に向けた申立てを行うか、という点です。この点、通常申し立てられる者は「本人の四親等内の親族」とされており、本件では長男が当てはまります。しかし長男による申立ては全く期待できません。
そのようなときぜひ覚えておきたい「裏ワザ」が、「市区町村長申立て」です。実は親族でなくとも、申立てを期待できないような場合は管轄の市区町村が行政名義で後見人選任の申立てをしてくれるのです。その担当部署は自治体によって異なりますが、「市区町村長申立ての部署に繋げて頂きたい」と言えば、しかるべき部署につないでもらえます。
虐待通報は匿名でも可能!
経済的虐待は法律で「養護者又は高齢者の親族が当該高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること」と定義されており、正に本件のようなケースに当てはまる事態です。問題は、外部からは親子間のお金の流れや使い道が特定し難い点ですが、明らかに本人の財産が搾取されているという状況証拠があれば「虐待の疑いがある」と認定して差し支えないでしょう。
経済的虐待の状況証拠がある場合は、やはり行政(市区町村)に通報をします。通報者の素性は秘匿されるので心配はありませんが、不安であれば匿名での通報もできます。それでも不安なのであれば、まず居宅の事業所内で協議検討し、事業所として、あるいは包括とも連携し皆で対応していくということが考えられます。いずれにせよご利用者の権利財産を守る方法は確かに存在しますので、いざというときの手段として記憶しておいていただければと思います。

- 外岡潤
- 1980年札幌生まれ。99年東京大学文科Ⅰ類入学、2005年に司法試験合格。07年弁護士登録(第二東京弁護士会)後、ブレークモア法律事務所、城山総合法律事務所を経て、09年4月法律事務所おかげさまを設立。09年8月ホームヘルパー2級取得。09年10月視覚障害者移動介護従業者(視覚ガイドヘルパー)取得。セミナー・講演などで専門的な話を分かりやすく、楽しく説明することを得意とし、特に独自の経験と論理に基づいた介護トラブルの回避に関するセミナーには定評がある。主な著書は『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)、『介護トラブル対処法~外岡流3つの掟~』(メディカ出版)、『介護職員のためのリスクマネジメント養成講座』(レクシスネクシス・ジャパン)など。「弁護士 外岡 潤が教える介護トラブル解決チャンネル」も、運営中。
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