

結城教授の深掘り!介護保険
岸田政権の「介護の賃上げ」が、ケアマネ不足に拍車をかける?
- 2021/11/26 09:00 配信
- 結城教授の深掘り!介護保険
- 結城康博
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月額約9000円介護職員の賃金引き上げ
本格的に始動した岸田政権が、介護職員と保育士の賃金引き上げに乗り出した。政府の経済対策によれば、これらの職種で月額3%(約9000円)の賃上げが見込まれている。具体的な賃上げの仕組みは今後、政府の「公的価格評価検討委員会」で議論される。
2009年から始まった介護職員の処遇改善策は、改定のたびに強化されてきた。2019年度の「介護職員等特定処遇改善加算」(特定処遇改善加算)の創設までの10年間で月額約75000円が引き上がっている。もっとも、特定処遇改善加算はベテラン介護福祉士を対象としているため、全員の介護職員が75000円引き上がっているわけではないが。
保育士よりも賃金が低い、介護職員
今回、約9000円の賃上げが実現すれば、女性に限れば全産業平均の月収と同水準になるであろう(表参照)。しかし、全産業で考えるならば依然として低い傾向にある。しかも、保育士よりも賃金が低い。また専門性が異なるとはいえ看護師と比べると、かなりの差が生じている。
表:職種別平均賃金(月収換算:賞与なども含む) | ||||
---|---|---|---|---|
看護師 | 保育士(女性) | 介護職員 | 全産業(女性:役職者含む) | 全産業 |
39.4万円 | 30.2万円 | 29.3万円 | 31.8万円 | 35.2万円 |
内閣官房:公的価格評価検討委員会「公的価格の制度について(第1回)資料」 令和3年11月9日
もちろん、保育士の仕事も職業上、たいへんな側面があり専門性も求められる。しかし、「夜勤」を含む介護職員よりも保育士の賃金が総体的に高いということは、労働市場において、介護職員はかなり不利であることは否めない。
介護職員とケアマネの賃金が逆転?
厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によれば、2019年の賞与を除いた月収ベースでは、正規社員はケアマネジャー27.5万円、訪問介護員(ホームヘルパー)24万円、福祉施設介護員24.4万円、看護師33.4万円、准看護師28.2万円、保育士24.4万円となっている。
この数値は、特定処遇改善加算が盛り込まれていないため、現行では介護職員とケアマネとの月収ベースでは、さらに差が縮まっていると考える。ただ、ケアマネの賃金が准看護師より、約1万円程度低いことは注目すべきであろう。
いずれにしても今回、介護職員と保育士が賃上げの対象となり、ケアマネの賃金があまり上がらなければ、ケアマネと介護職員の賃金水準は同レベルか、場合によっては逆転することになる。
懸念される介護職員からケアマネへの転身の減少
ケアマネや介護職員の仕事のやりがいは、賃金だけでは図れない。たとえ、介護職員の賃金がケアマネよりも高くなったとしても、ケアマネジメントに魅力を感じて介護職員から転身する者もいる。
ただし、やりがいだけで職を選ぶ人ばかりではない。今回の措置が介護職員の賃上げを主眼としている以上、介護職員からケアマネへ転身する者はおそらく減少する。
介護職員の人材不足への対応は焦眉の急であり、一刻も早く対処しなければならないことは理解できる。
しかし、一部の地域ではケアマネも不足し始めている。ここで介護職員からの転身が減少すれば、ケアマネの人手不足が全国的に加速化されるに違いない。
賃上げの財源は、全額国庫負担が望ましい
今回の賃上げは「補正予算」を組み、当面は「交付金」で対応した上で、来年10月に臨時の介護報酬改定を行い、「加算」に切り替えることが見込まれている。
賃上げが「加算」に変われば、その分だけ保険財源は圧迫される。結果として、利用者の窓口負担や保険料の支払い額の引き上げにもつながる恐れがある。
介護保険制度の発足当初、一律1割だった窓口負担は、収入によっては3割まで引き上げられた。保険料も制度発足当初は3000円程度だったが、いまではその倍ほどにも膨れ上がっている。こうした状況を鑑みれば、今後の賃上げについては、全額国庫負担で「交付金」というシステムを持続すべきと考える。その財源については、資産税や消費税などを絡めて議論していくべきではないだろうか。
ケアマネを「半公務員」とし、税で継続的な処遇改善を
そもそも、岸田政権が「新しい資本主義」を掲げ、「分配」こそを重視するというのであれば、ケアマネや介護職員の身分や介護保険制度の在り方そのものも再検討すべきではないか。
今後、介護職員やケアマネといった職種のニーズは高まり続ける。一方、介護職員やケアマネの給与の源である介護保険の財源を拡大するのは、年々、難しくなっていく。保険料を支払う現役世代が年々、減り続けていくからだ。
つまり、介護保険の財源のみに頼り続ける限り、介護職員やケアマネには、ニーズに応じた十分な「分配」が困難になってくるのだ。
こうした状況に対応するため、介護職員やケアマネという職種を、なかば公務員と見なす仕組みの導入も検討すべきではないか。なかば公務員であれば、その職種の賃金を税で補填し続ける「継続的な交付金」が導入されても、それほど違和感はないはずだ。
24改定が恐ろしく不安な理由
上記のような思い切った対応がなされないまま、介護の賃上げが「交付金」から介護報酬切り替わった場合、特に懸念されるのが2024年度の介護報酬改定だ。
なにしろ、2024年度の介護報酬改定が施行される1年半前に、小幅ながらもプラス改定が実施され、保険料と利用者負担が引き上げられるのだ。それに続いて2024年度もプラス改定というわけには、なかなかいかないだろう。
仮に、プラス改定が実現したとても、例えば「ケアマネ自己負担の導入」「軽度者の訪問介護や通所介護を給付本体から地域支援事業への移行」「利用者2割自己負担層の拡充」といった、給付と負担の見直しによる適正化による財源が条件となるかもしれない。しかも、コロナが収束すれば「積極財政」から「財政規律」が厳しくなり、社会保障全体に抑制策の気運が高まることも予測される。
今回、介護職員等の賃上げ措置は、歓迎されるべきことではある。だがその分、24年度の改定の行方が今から不安だ。恐ろしく不安だ。

- 結城康博
- 1969年、北海道生まれ。淑徳大学社会福祉学部卒、法政大学大学院修了(経済学修士、政治学博士)。介護職やケアマネジャー、地域包括支援センター職員として介護系の仕事に10年間従事。現在、淑徳大学教授(社会保障論、社会福祉学)。社会福祉士や介護福祉士、ケアマネジャーの資格も持つ。著書に岩波ブックレット『介護職がいなくなる』など、その他著書多数がある。
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