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小濱道博の介護経営よもやま話

コロナで新局面、今こそケアマネのあり方を問い直せ!

2000年4月に介護保険制度がスタートして、早いもので20年になる。今回は、ケアマネジャー誕生の経緯を振り返ってみたい。

1.旧厚生省内における検討

1993年11月、旧厚生省内に「高齢者介護問題に関する省内検討プロジェクトチーム」が設置された。プロジェクトチームは翌年3月、専門家が利用者の心身の状況などを総合的に判定・評価した上で、介護サービスをパッケージとして組み立て、その後のフォローアップまでを行う「ケアマネジメント」の制度化を求める試案を公表。高齢者の自立に必要なサービスを、最適な組み合わせで提供することが目的だった。

同年12月には、学識経験者による「高齢者介護・自立支援システム研究会」が報告書を発表し、新たな介護システムの大きな柱の一つとして、「ケアマネジメントの確立」を提言した。

ケアマネジメントは、日本の介護保険制度の大きな特色の一つだ。利用者保護の観点から、高齢者や家族を専門的な立場で支援するという発想は、主として福祉分野で提唱・実践されていた「ケースマネジメント」の考え方に基づく。

先の報告書の中で、ケアマネジメントの機能として特に強調されたのが、「介護の必要な高齢者や家族のニーズを把握し、そのニーズや介護の必要度に応じ、関係者が一緒になってケアの基本方針とケア内容を定めたケアプランを作成する」ことだ。この段階では、「ケアマネジャー」という文言はまだ出てこない。

ケアマネジャーという言葉が登場するのは、1995年の老人保健福祉審議会(老健審)の審議以降であり、介護保険法で「介護支援専門員」が規定された後、社会に広がっていった。

介護保険制度は、行政がサービスの内容を決める措置制度の廃止に伴って創設された。給付と負担の関係が明確な「社会保険方式」が採用された以上、行政がケアマネジメントを独占する仕組みとすることはあり得ず、論理的帰結として「社会保険方式+ケアマネジメント」という形態がとられた。

2.老人保健福祉審議会での審議

老健審の審議では、社会保険方式でケアマネジメントを導入する意義として、社会保険の基本理念である本人の「選択権」が強調された。

すなわち、(1)サービスの利用は本人の申し込みによって開始する(2)ケアマネジメントは「サービスの仲介」に過ぎず、専門機関にケアプランの作成を依頼するかどうかは本人の「選択」である(3)サービスの利用決定も、本人が直接またはケアマネジメント機関の仲介で、サービス提供機関と契約した上で行われる―ということだ。

さらに、要介護認定とケアマネジメントの関係についても、「保険給付を受けるためには要介護認定を受ける必要があり、要介護認定とケアプラン作成は別建てである」という考え方が示された。

3.日本医師会の提案

審議の中で、「高齢者介護調整機構」という具体案を示したのが日本医師会(日医)だった。現行制度に反映されている内容も多いので、当時の日医の委員の説明を以下に抜粋したい。

「介護保険のプロセスでは、高齢者は『高齢者介護調整機構』に申告する。その機構の中でサービス提供者側、費用支払側、ケアチームから現場を知っている人が参加して要介護認定を行う。要介護認定を受けた人にはケアプランが作られ、その内容を納得するとケアプランに沿った介護が受けられるが、本人が納得しない場合もあり得る。その場合は自己決定権を持たせるべき。また、一定の時期を見てケアプランの見直しや認定の見直しを行う。そして、ケアプランは、ケアを担当する各専門家がチームとなって作成する。なお、要介護認定で介護不要とされた時でも、リハビリやフィットネスなど生活支援の分野で何らかのフォローをすべきではないか」

日医側は、「介護を要する状態になる原因のほとんどが何らかの疾病によるものである。地域においてかかりつけ医師の役割は極めて大きい」「医療なくして高齢者介護はあり得ない。かかりつけ医師を中心に、包括的ケアを提供する体制を整備することが必要である」とし、高齢者介護の分野においても、かかりつけ医の存在が重要であると強調した。

ケアチームのメンバーの1人として、かかりつけ医が参加するという提案は、医師の絶対的優位性を認める医療保険制度とは大きく異なるもので、従来の日医の考え方を超えるものだった。その後、日医は老健審の議論をリードしていくことになる。

4.ケアマネジメントをめぐる議論

ケアマネジメントに関しては、老健審で論議が紛糾したものの、下部組織の分科会で最終的に意見がまとまる。

要介護認定とケアプラン作成は分けて考えることになり、要介護認定は保険給付が適切かどうかを決めるもの、一方のケアプランは、専門家のチームが高齢者・家族の相談に応じた上で、ケアの方針や内容を決め、介護サービスの提供につなぐものとして整理された。

また、措置制度の時代とは異なり、ケアプラン作成は、あくまで利用者からの依頼を基本とし、作成を請け負うケアマネジメント機関も、利用者の判断で選択できるとしたほか、本人または家族の参画を原則とし、ケアを担う保健・医療・福祉の担当者からなるチームによって行われるとした。

さらに、市町村の保健・福祉施策や非営利組織との連携、地域の社会資源の幅広い活用が望まれるとした。

5.老人保健福祉審議会の最終報告

要介護認定やケアマネジメントの具体的な制度設計は、老健審ではなく、学識経験者による「高齢者ケア支援体制に関する基礎調査研究会」という別の組織で主に行われた。

そして、老健審は1996年1月、「新たな高齢者介護制度について(第2次報告)」を公表。その中では、要介護認定とケアプラン作成を区分する考え方が改めて示され、ケアプラン作成を担う「ケアマネジメントサービス」については、在宅サービスの介護給付の対象とすることが明記された。

高齢者介護保険制度の創設について(1996年4月22日老健審最終報告。以下、抜粋)

  1. 基本的考え方
    高齢者が自らの意思に基づいて、利用するサービスを選択し、決定することを基本とし、それに対して、保健・医療・福祉の専門家が連携して身近な地域で支援する仕組み(ケアマネジメント)を確立することが重要である。
  2. ケアプランの作成
    高齢者の依頼に基づき、ケアプラン作成機関の介護支援担当者(ケアマネジャー)を中心に、専門家チームが、高齢者や家族の相談に応じ、そのニーズを把握した上でケアプランを作成し、実際のサービス利用につなぐものとする。

6.介護保険法の成立・施行

介護保険法案は、1996年11月29日に始まる第139回臨時国会に提出される。同年12月13日の衆院本会議で法案の趣旨説明、同17日の衆院厚生労働委員会で提案理由の説明が行われたが、会期が20日間と短かったため継続審議となり、本格的な審議は、翌年1月の第140回通常国会に持ち越された。

法案は最終的に、1997年12月9日の衆院本会議で可決、成立し、翌年4月の医療保険福祉審議会介護給付費部会で、介護報酬に関する具体的な検討が始まった。その後、「凍結案」や「延期論」が台頭し、黄色信号がともる時期もあったが、市町村の反発などの紆余曲折を経て、法律は2000年4月に施行された。

7.介護支援専門員に関する省令

法律の施行に先立つ1998年4月10日、旧厚生省は「介護支援専門員に関する省令」を公布し、介護支援専門員実務研修受講試験の対象となる資格を明らかにする。

新制度を円滑にスタートさせるためには、短期間で4万人のケアマネジャーを育成する必要があり、当初は、“質より量”の資格付与となったことは否めない。また国の方針に対して、「受験資格で間口を広げすぎだ」との批判があったことも事実だ。

創設時の議論では、「今回は間口を広げるが、やがて5年、10年先に必ず見直しの時期が来るし、オーバーサプライ(※編注 過剰供給)になる可能性がある。コンペティション(事業者間の競争)がある。淘汰が行われる。そしてその中で、あるべき姿、あるべき教育、あるべき資格が議論されていく」として、最終的に合意に至った経緯がある。

だが、あれから20年以上の歳月が流れている。新型コロナウイルスの感染拡大が広がり、日本社会が新たな局面を迎える中、今まさに、ケアマネジャーのあり方を問い直す時期に来ているのではないだろうか。

※参考文献
「介護保険制度史―基本構想から法施行まで―」(介護保険制度史研究会著、東洋経済新報社)

小濱道博
小濱介護経営事務所代表。北海道札幌市出身。全国で介護事業の経営支援、コンプライアンス支援を手掛ける。介護経営セミナーの講師実績は、北海道から沖縄まで全国で年間250件以上。個別相談、個別指導も全国で実施。全国の介護保険課、介護関連の各協会、社会福祉協議会、介護労働安定センター等主催の講演会での講師実績も多数。C-MAS介護事業経営研究会・最高顧問、CS-SR一般社団法人医療介護経営研究会専務理事なども兼ねる。

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