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挫折ばねに“ケアマネ芸人”として再起 /鹿見勇輔(ケアマネジャー、芸人)

東京で一度はお笑い芸人の夢に破れたケアマネジャーが、郷里の広島で再び奮闘している。広島市内で居宅介護支援事業所などを運営する鹿見勇輔さんだ。現在、鹿見さんは居宅のケアマネの仕事の傍ら、地元でお笑いライブを企画するなど、ケアマネと芸人の「二刀流」として活動。最近では、自身が持つ防災士の資格を生かそうと、ケアマネを災害避難所に派遣する仕組みづくりにも奔走している。鹿見さんは、どのようにして再起を果たしたのか。“ケアマネ芸人”を支える原動力とは―。

ライブでネタを披露する鹿見さん(ご本人提供)
ライブでネタを披露する鹿見さん(ご本人提供)

―19歳の時、吉本興業の養成所として有名なNSCの東京校に入学します。

高校卒業後、お笑い芸人になりたくて、最初は大阪へ行きました。親には浪人生と偽って。アルバイト生活でお金をためて、1年後にNSC東京に入ることができたんですが、同期のレベルの高さを痛感して…。1年も経たずに挫折して広島に戻ってきました。

―同期のお笑いのレベルが高かったんですか。

お笑いのネタ自体は、最初はみんな素人の延長のようなものなんですけど、一歩前に出ようとする姿勢が違うというか、面白いことを言う言わない関係なしに、「何かやって!」と言われたら、すぐに前に出ていく積極性、スタートが僕とは違っていました。パッと行ける人と行けない人、この差が大きいんでしょうね。僕はいつも、「何が面白いかな?」と考え込んでしまうタイプでした。ちょっと萎縮していた部分もあったと思います。

高齢者の姿に感動 介護の世界へ

―介護業界で働くことになったきっかけは何だったんですか。

介護の仕事をしていた母親から、「介護現場で働いてみたら?」と誘われたことがきっかけですが、最終的に心に決めたのは、母親に無理やり連れて行かれたデイサービス見学の時です。

一生懸命体操をしているおじいちゃん、おばあちゃんを見て、「この人達、どうして元気でいたいんだろう?」と思ったんですね。自分はお笑い芸人を挫折して、「もう死んでもいいや」みたいな気持ちでしたし、やりたくもない介護を無理やりやらされているような感じだったので、懸命に生きようとしている高齢者の姿を見て、思わず泣いてしまいました。

―高齢者施設で落語を披露したことが、再びお笑いに目覚めるきっかけになったそうですね。

介護の資格を取るために、専門学校や大学に通っていた期間があったので、しばらく広島を離れていたんですけど、再び戻ってきて、介護の現場で働き始めると、高齢者の人たちを「喜ばせたい」「笑わせたい」という思いが湧いてきて、施設で落語をやることになりました。「1人でできるお笑いって何かな?」って考えたら、落語だったんです。古典落語だったら、台本があるようなものなので。

その後、近所の人たちが噂してくれて、新規のデイサービス立ち上げの時には、利用者さんが3人しかいないのに、地元で落語をやっている方が5人もボランティアで来てくれました。「演者の方が多いなんてもったいない」と思い、今度は地域の公民館で落語会を始めて、どんどん活動の場が広がっていきました。

―地元の若手お笑い芸人を集めたライブもやっているそうですね。

コロナ禍になる前は、3カ月に2回ぐらいのペースで無料のお笑いライブをやっていたんですけど、お客さんの集まりはいまいちでした。無料で始めた理由は、子どもたちのためです。介護の現場では、土日・祝日も休みなしで働くお母さんたちが多くて、子どもたちが留守番している家庭も少なくないので、地域の子どもたちが集まれる場所を作りたいと思ったんです。でも、子どもには娯楽がたくさんあるので…。

今は入場料を頂きながら、仕事でストレスを抱えている大人を対象にお笑いをやっています。広島の芸人だけだと集客力が弱いので、東京の若手芸人さんも呼んで。コロナ禍になってからは、Zoomを活用したオンラインライブもやっています。

挫折を相談援助の技術に生かす

―お笑いで一度挫折した経験が、介護の仕事に生きていると感じることはありますか。

利用者さんと話をしていると、病気や障がいを抱えている方ばかりなので、どうしてもネガティブな話題になりがちなんですけど、僕のお笑いでの挫折について話すことで、ネガティブな話題をポジティブに変えられるというか、自分の弱みを見せることで、相手が心を開きやすくなるというか、そういった意味で、相談援助の技術として生かせているんじゃないかと思っています

―“自虐ネタ”みたいな感じですか。

専門職って、利用者さんの生活指導をしないといけない半面、その方と良好な関係性を築いて、心を開いてもらう必要があります。厳しさと優しさのスイッチを上手に切り替えながら、利用者さんと関わらないといけない。ある意味、二面性を持たないといけないんです。

例えば糖尿病の方に、「ご飯を食べ過ぎてはいけません」とか「甘い物は控えてください」とか言いつつも、相手に嫌われないように距離を保たないといけない。こうした二面性の使い分けができることは、相談援助の面では一つプラスになっているかなとは思います。

それから、落語会とかを開いて、高齢者の前でお笑いをやったことで、世間話の延長で介護の話ができる関係性が築けていることも、お笑いをやっていて良かったと思う点です。「介護保険ってこういう制度ですよ」と呼びかけても、結局伝わらないんですよね。街を歩いていて、知らない高齢者から声をかけられることもよくあります。

―お話を伺っていると、挫折をバネにしている印象を受けます。苦労してきたからこそ、相手の辛い気持ちに寄り添えている気がします。

そうかもしれません。居宅のケアマネをやっている時も、困難ケースの利用者さんが好きというか、引き受けたくなってしまうんです。

僕は「お笑い芸人になりたい」という夢を、親にも親族にも友達にも言わないまま東京へ行って、孤独な状況でお笑いをやっていました。当時、NSCの先生からも「協力者もお金も無い中でやっても難しい」と言われて、そのことがずっと心に残っていた。「孤独でいると成功しない」というのが実体験としてあるんです。

困難ケースの人は、誰からも相手にされず、ケアマネを転々とすることもあるので、「僕で食い止めたい」という気持ちが強くありますね。

ラジオ番組収録現場での一コマ(ご本人提供)
ラジオ番組収録現場での一コマ(ご本人提供)

地域交流の「穴」はケアマネが埋める

―在宅ワークや副業など、働き方が多様化してきています。ケアマネと芸人という二足のわらじを履いているわけですが、今後、何を目標に活動していきますか。

高校生の時は、「売れたい」とか「有名になりたい」とか、不純な動機でやっていたんですけど、こうして芸人の活動を再開させることができたのは、やっぱり介護があったからだと思っているので、介護を中心にやっていきたいです。

一方で、地域の人たちが健康でい続けられる、できるだけ介護が必要のない社会をつくりたいとも思っています。介護を受ける期間を短くしていかないと、社会保障に必要なお金がどんどん膨らんでいきますから。僕も給与明細を見ると、税金をめちゃくちゃ取られているんですよね。

若い人たちの手取りが少なくならないようにする社会をつくっていかないと、国の活力がどんどん失われていきます。だから、必要な時に必要な介護を受けられる社会をつくるだけでなく、介護が必要になる前に相談できる窓口も一緒につくりたいと思っています。

―居宅ケアマネとしてはいかがですか。

今、町内会の集まりである地区社会福祉協議会の副会長をやっていて、地域のお祭やイベントなどもやっているんですけど、そこにケアマネが参加できたらいいなと考えています。

特に要介護高齢者って、地域と触れ合っていなかった時間がおそらく何年間かあるんですね。例えば1年とか5年とか。かと言って、無理やり地域住民と交流させるのは難しいと思います。

利用者さんが地域住民と関係性を持てなくなった穴は、支援するケアマネが埋めるしかないんです。地域住民との交流をケアマネがやることによって、「ちょっとAさんの安否確認をしてくれませんか」とか、「徘徊しているのを見かけたら、連絡ください」とか、地域を巻き込んだ見守りにもつながっていくのではないでしょうか。

―現在、ケアマネを災害避難所に派遣する仕組みづくりに取り組んでいるそうですね。

「派遣」というと大げさですが、地域住民の避難所運営のお手伝いをするイメージです。僕自身、防災士として地域の防災訓練などに関わっているのですが、例えば、車椅子が必要な高齢者は避難所のどこで過ごしてもらえば良いのかなど、瞬時に判断ができず、混乱している場面をよく目にします。

もし、1人でもケアマネがいたら、持ち前のアセスメント能力を生かして、住民が判断をするための情報の整理ができると思うんです。これを仕組みにできないか、行政の方々に働きかけているところです。

これまでは、ケアマネ自身が地域の活動に参加したいと思っていても、通常の業務もあるため、なかなか参加できない現実もありましたが、BCP(業務継続計画)の策定が義務化されたことで、ケアマネの意識も変わってきていると感じています。

取材・構成/敦賀陽平

鹿見勇輔(しかみ・ゆうすけ)
1986年、広島市生まれ。高校卒業後、吉本興業のNSC東京校の11期生となるが、同期の志の高さを痛感して挫折。その後、母親が介護の仕事をしていた関係で、介護福祉士、社会福祉士、精神保健福祉士、ケアマネジャーなどを取得し、2011年に広島市内の介護事業所の運営会社に就職。2013年秋、高齢者施設で落語を披露したことをきっかけに再びお笑いの道へ。現在、居宅介護支援事業所などを運営する傍ら、“ケアマネ芸人”として地元のラジオ番組に出演しているほか、広島県介護支援専門員協会・広島市南区ブロック長などの要職を務めている。

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