

CMO特別インタビュー
55歳でお笑いの世界へ、“ケアマネ芸人”の奮闘/小林彰宏(ケアマネジャー、芸人)【前編】
- 2021/09/07 09:00 配信
- CMO特別インタビュー
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コロナ禍の最中、“ユーチューバー介護芸人”として奮闘するケアマネジャーがいる。静岡市内の居宅介護支援事業所で働く小林彰宏さんだ。小林さんは昨年春、爆笑問題らが所属する芸能事務所「タイタン」のお笑い養成所を卒業したが、新型コロナウイルスの影響で東京で活動できなくなり、現在は地元でケアマネ業務の傍ら、フリーランス芸人「ノン老いる小林」として動画を配信している。55歳でお笑いの世界に飛び込んだ小林さん。その原動力は一体どこにあるのか―。オンラインインタビューで話を聞いた。
ライブでの一コマ。カラフルな衣装に身を包んだ小林さん(ご本人提供)
「介護に笑いを」では越えられない“壁”
―お笑い養成所に通うケアマネって、聞いたことがないんですけど、そもそも、なぜタイタンの学校に入ろうと思ったんですか。
介護の現場がすごく暗かったので、みんなを笑わせてやりたかったというのがスタートです。「介護に笑いを」というざっくりとしたコンセプトで始めたんですが、やっていくうちに“壁”にぶつかり、「介護に笑いを」では乗り越えられないと思ったことが、タイタンの学校を受けるきっかけになりました。今は「介護のつらさを笑いに変える」というコンセプトに落ち着きました(笑)。
―“壁”というのは何だったんですか。
介護って、要支援の軽い方から亡くなる直前のターミナルまで、すごく幅広いですよね。最近では、認知症の方の介護の問題が深刻化しています。認知症になった親の介護をしている家族にとっては、笑っている場合じゃない。笑える状況にはない家族がたくさんいるという“壁”にぶつかったんです。
当時は、笑いのことなんて何もわかっていないので、素人目線で「なんとか笑いにできるだろう」と簡単に考えていたんですが、やっていけばいくほど、笑いにならないと感じました。
「もっと私たちの状況を解決してくれるすべを提供しろ!」「笑っても、親の認知症の問題は解決しない」「便臭のする家に帰る俺たちの気持ちがわかるのか!」「『もっと笑いましょう』と言われること自体、頭にくる」。こんなふうに言われたことも多々ありました。
何か突破口を見出せないかと考えていた時、「あっ、介護のことは勉強しているけれども、笑いのことは勉強していないな」と気づき、お笑い養成所の門をたたくことになったんです。
「コメディアンになりたい」 夢が背中押す
―タイタンの学校に入ったのは何歳の時ですか。
55歳です。
―その年齢で入るというのは、かなりの決断だったと思いますが、そこに進まれたエネルギーというか、原動力は何だったんですか。
小学生の頃、今から45年ぐらい前になりますが、卒業文集に「コメディアンになりたい」と書いているんです。尊敬するコメディアンとして、萩本欽一さんの名前を挙げていました。その後、受験戦争に巻き込まれているうちに、その夢をどこかに置き忘れて教員になり、介護の世界に入って毎日を過ごしてきたと思うんです。
タイタンの学校を受けたきっかけは、「介護に笑いを」では乗り越えられない“壁”にぶつかったことですが、ルーツをたどると、もともとお笑い好きな少年だったことが、背中を押してくれたんだと思います。
―タイタンの学校では、どんなことを勉強したんですか。
タイタンの学校には、芸人コースともう一つ、一般コースというのがあります。一般コースは、放送作家の卵さんとか、例えば、今やっているお仕事に笑いの要素を入れたいとか、カルチャースクールみたいな内容なんですけど、実は、僕は一般コースから入ったんです。
年齢が年齢だったので、芸人コースを受けて落とされたら、そこで“シャッター”が下りてしまうと考えて、一般コースから芸人コースに編入しようと画策したんですね。一般コースなら、まだ合格する可能性はあるだろう、と。
思惑通り、一般コースに無事合格して、そこで半年間学んだ後、一昨年の春から、芸人コースでお笑いの勉強を始めました。
シーン…ネタ見せに冷や汗の連続
―「ノン老いる小林」という芸名は、ご自身でつけたんですか。
芸人コースのしょっぱなの授業で、一人ひとり、みんなの前で自己紹介したんですけど、その時に、自分の芸名についてアンケートをとったんですよ。
介護だから、「老いる」を「ノン」して「老いない」という意味の「ノン老いる」と、「幸せに老いる」という意味の「ハッピー老いる」という2つの案を考えて、挨拶の時に、「皆さんに芸名を決めてもらいたい」とぶつけたんです。そうしたら、「ノン老いる」の方が多くて、先生方も「ノン老いる」を出した瞬間、パパっと手を挙げてくれて、それで「ノン老いる」に決まりました。
始めは「老いる」がカタカナだったんですけど、周りから「なんで油なの?」って言われて、確かにカタカナだと、油になっちゃうなと思って、それで漢字に直しました。
―念願の芸人コースに進んでみて、いかがでしたか。
芸人コースには「ネタ見せ」という授業があって、週に1回、ネタを作って発表するんです。タイタン所属の放送作家の先生方の目の前で。
―どんなネタをやったんですか。
最初は、長井秀和さんみたいな漫談をやりました。
「皆さん、こんにちは。介護職員をやっています、ノン老いる小林です。皆さんには縁遠いと思いますけど、介護にはこんなことがあるんですよ…」みたいな。でも、全く理解されず、みんなシーン…としていました。
「嘘はついちゃいけないけれど、“盛り方”をもう少し勉強しないと駄目だ」と言われて、それもやってみたんですけど、僕は追い込まれてくると、一の話を四十ぐらいに盛っちゃうんですね(笑)。そこまでいくと、ほとんど嘘だということを見透かされて…。本当に毎回毎回、冷や汗をかくネタ見せになっていましたね。
―何か覚えているネタはありますか。
落ちのかぶせとか繰り返しとか、いわゆるテクニック的なところも教わって、こういうネタを作ったんですよ。
「うちの施設に、“からすの歌”(童謡『七つの子』)を間違って覚えているおばあちゃんがいたんですよ。か~ら~す~♪ なぜやくの~♪ 『やくの』って歌っちゃうんですよね。だから僕は言ったんですよ。『次はおばあちゃんの番だね』って。チャン!チャン!」って言ったら、シーン…となって(笑)。
先生方に「笑えないものを笑いに変えるのがプロの思考だ」と言われて、「どうしたらいいですかね?」って聞いたら、「例えば、こんな展開はどう?」と。
「うちの施設に、“からすの歌”を間違って覚えているおばあちゃんがいたんですよ。か~ら~す~♪ なぜやくの~♪ 『やくの』って歌っちゃうんですよね。そうしたら、若い職員が失礼なことに、『次はおばあちゃんの番だね』って言ったんです。そうしたらおばあちゃん、『“ウェルダン”でお願いします!』って」(笑)。
それを聞いた時、僕も笑っちゃったんですよね。「ああ、笑いって、こうやって作っていくんだな」って、すごく勉強になりました。おばあちゃんがそんなこと言うわけがなくて、“盛った話”なんですけど、前半の本当の話をどう落とすのかを学んだので、すごく印象に残っています。
―そうやって何度も指摘を受けながら、ネタ作りを繰り返していくんですか。
実は3カ月に1回、発表会があるんですよ。学校の中にステージを作って、ちゃんとお客さんも入れて、500円の入場料も取ってやるんです。年に4、5回。その舞台に向けて、みんなでネタ見せをやりました。受けたものは残して、受けなかったものをブラッシュアップして。
あとは卒業公演。既にコロナが流行していたので、無観客でしたけど、渋谷にあるライブハウスでやりました。太田光代社長も見に来てくれましたね。僕は「リズムネタ」が一番受けていたので、卒業公演の時もそれをやりました。
―「リズムネタ」って何ですか。
まず、ドラムのリズムに合わせて、僕がヒラヒラの衣装で登場するんです。そして踊りながら、「介護のあんな話♪こんな話♪聞きたいかい?聞きたいよ♪じゃあ、言うよ♪ノン老いる小林でございます」という入り方で、さっきみたいな介護ネタを組み合わせて、笑いにつなげる、そんな感じでしょうか。
当時、僕は55歳だったので、一番年上かと思っていたら、実は4つ上までいたんですよ。20代から50代まで幅広い年代の仲間と一緒に、ネタ作りを繰り返す、そんな毎日でしたね。
―学校に通っている間も、ケアマネのお仕事は続けていたんですか。
はい、続けていました。当時、今もやっている介護認定審査会の審査員の仕事もあったので行ったり来たりの生活でした。他のケアマネには、今でも頭が上がりません。
取材・構成/敦賀陽平
- 小林彰宏(こばやし・あきひろ)
- 1964年静岡市生まれ。大学卒業後、高校の英語教師として働いていたが、40歳という人生の節目を間近に控えた38歳の時、介護保険制度の創設を好機と捉えて転職。その後、介護施設を中心に経営支援などを行う。2013年にケアマネジャー、19年に主任ケアマネジャー取得。現在、静岡市内で居宅介護支援事業所「ケアプランはるな」を運営する株式会社はるな代表取締役。静岡県介護福祉士会監事。共著書に「これならわかる スッキリ図解 介護事故・トラブル」(翔泳社)がある。
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