弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」

失敗から学ぶ、居宅の事業継承 パート2

前回、事業承継における「説明不足」が、利用者の解約や職員の退職を招いた事例をご紹介しました。今回は、もう一つの典型的な失敗パターンである「事業承継の条件や前所長の役割を曖昧にしたまま承継を進めてしまったケース」を取り上げます。

このタイプの失敗は、当事者同士の関係が良好であればあるほど起こりやすいという特徴があります。「長年一緒に働いてきた」「信頼している」「今さら細かい話をするのは気が引ける」-。こうした思いが重なり、本来決めておくべきことが先送りにされてしまうのです。

事例:信頼関係があった。だからこそ起きたトラブル

ある地域の居宅介護支援事業所では、所長の高齢化をきっかけに、長年勤務してきた主任ケアマネジャーに事業を引き継ぐことになりました。

その主任ケアマネは現場経験も豊富で、利用者や職員からの信頼も厚く、所長からも「あなたになら安心して任せられる」と評価されていました。部外者から見ても、理想的な承継に思えましたし、当事者同士も特段の不安は感じていませんでした。

ところが、実際には「事業をいつ正式に引き継ぐのか」「前所長は承継後、どこまで関与するのか」といった重要な点について、具体的な取り決めがなされていなかったのです。

話し合いの場では、「細かいことは後で」「お互い分かっているから大丈夫」といった言葉が交わされ、結果として、肝心な条件や役割分担は曖昧なまま、承継が進んでしまいました。

承継後に表面化した“ズレ”。そして最悪の結末に…

そして主任ケアマネが新所長として事業所の代表に就任しました。

ただ、新所長となった主任ケアマネとしては、就任直後からすべてを一人で判断・運営することに不安もあり、当面は前所長の助言や支援を受けながら業務を進めたいと考えていました。

そのため、事業承継後も前所長に事業所へ足を運んでもらい、新所長のサポートや職員への助言・指導などを手伝ってもらうことを希望し、前所長もこれを了承しました。
事業所運営が安定するまでは、以前の責任者がアドバイザーとして新たな責任者を支える―。一見、極めて理想的な事業継承の形と思えます。

ところが。実際に運営が始まると、前所長が、アドバイスという形ながらも、重要な意思決定にまで口を出し続けたことで、指示系統が不明確となり、事業所としての方針もはっきりしない状況に陥りました。

ついには、職員から「結局、誰の指示に従えばいいのか分からない。不安で仕方がない」という声が上がるようになってしまったのです。

また、新所長となった元主任ケアマネは、前所長と職員の板挟みの状態に置かれ、精神的な負担を強く感じるようになっていました。現状を打破しようとしても、「責任だけを負わされ、裁量がない」状態にあり、動きようもありません。最終的には心身の不調をきたし、休職せざるを得なくなりました。

「仲がいい」。だからこそ、決めておくべき3つのこと

この事例の問題点は、「従業員に承継させたこと」ではありません。「条件や役割を曖昧にしたまま承継を進めてしまったこと」にあります。

居宅介護支援事業所の承継における前所長と後継者の関係については、少なくとも次の点を事前に言語化し、共有しておく必要があります。

  • 承継の時期と段階(いつ正式に交代するのか)
  • 前所長の関与範囲(相談役なのか、現場に入るのか)
  • 前所長が承継後も事業に関与する場合、前所長の報酬・待遇・責任のバランス

これらは、「信頼関係があるから不要」なのではありません。むしろ、信頼関係を壊さないためにこそ、明確にしておくべき事項なのです。

口約束は、必ずズレを生む。そして関係悪化の火種にも

こうしたことを伝えると、事業承継をしようとしている当事者からは「そんな細かいことを書面にすると、かえって関係が悪くなりそうで…」と言われることがあります。

気持ちはわかります。しかし、それでも、実務の現場では、書面にしなかったこと、決めなかったことこそが、後になって大きなズレを生む原因になります。特に前所長と後継者の関係が近いほど、「きっと分かってくれているはず」「今さら聞きにくい」といった思い込みや遠慮が積み重なり、認識の違いが表に出にくくなります。そして、そのズレが限界に達すると感情的な対立を招き、長年培った信頼関係を壊す火種となりかねません。

「承継の時期」「前所長の関与範囲」「報酬や責任のバランス」などを、あらかじめ言葉にして契約書に残しておくことで、「言った・言わない」「そんなつもりではなかった」といったトラブルを防ぐことができます。

まとめ:業務・責任の「線引き」を明確に!

居宅介護支援事業所の事業承継は、単なる役職交代ではありません。人と人との関係性を前提としながらも、業務や責任の「線引き」を明確にする作業です。

信頼関係の有無にかかわらず、事業承継後の役割分担をきちんと言葉とし、「契約書」という形に残す。

それが、事業承継を成功させるための重要なポイントなのです。

武田竜太郎
おかげさま横浜法律事務所所属の弁護士・公認会計士試験合格者。介護業界に珍しく、大手法律事務所で企業法務・M&Aに従事し、不動産会社での社内弁護士経験や公認会計士試験に合格し監査法人勤務経験を有し、外資系法律事務所での実務を経て、現職。2025年には介護職員初任者研修を修了し、法務・会計の専門知識と現場理解を兼ね備え、介護・福祉事業者の支援に取り組んでいる。

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