弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」

同僚のまさかの裏切り、そして独立…

ついに、このテーマを語る時がやってきたようです。この手のトラブル、実は居宅や訪問系事業所では定番なのですが、経営を根底から揺るがすという点で最大級の事件でもあります。普段のご利用者支援とは異なる人間ドラマ、法律でどう対処できるでしょうか。

突然退職した同僚ケアマネが、利用者をごっそり奪っていった!

あまりにも常識ない元同僚の行動に、呆れ、そして、怒りを感じています。
私は介護職からケアマネに転身し7年目ですが、訪問介護と併設して3人態勢の居宅介護支援事業所を運営しています。

半年ほど前、うちの事業所に50代の女性ケアマネAさんが加入してくれました。この道10年のベテランです。前任者が妊娠を理由に辞めてしまい困っていたところ、颯爽と現れたAさんは正に救世主に見えたのですが…。

彼女の口癖は「私の方がキャリアが長いから」「これくらい常識でしょ?」。確かにその通りなのですが、管理者である私より年下であるにもかかわらず、普段から指示を聞いてくれず、事業所内のルールも平気で無視。私の面子は、連日、丸潰れです。

それだけならまだしも、他事業所との連絡・連携の場面でもルールに従わず、これまで自分がやっていた書式や流儀を押し通すため、デイサービスや福祉用具貸与事業所から、「いつもと連絡のスタイルや内容が異なっており、必要な情報がないのですが?」という戸惑いの電話が入る始末。

あるとき、私もキレてしまい「あなたの方がキャリアが長いことは理解していますが、ここに就職した以上最低限の職場のルールや連携の決まりは守ってもらわないと、困ります」と少し厳しめに注意しました。その時Aさんは言い返したりせず、終始不機嫌な表情で私の話を聞き、最後に「はいはい、わかりました!!」と言って席を立ってしまいました。正直、その程度の反応は予測の範囲内でした。(これで少しはましになってくれるなら…)と思い、それ以上の注意はしなかったのです。

ところが、その一週間後。Aさんから「今日付けで退職します」というメールが届きました。あまりのことに目を疑いましたが、あわてて電話をかけても着信拒否。もちろん、メールにも返信はナシです。結局、引き継ぎはもちろん、退職のための手続きもできませんでした。ロッカーやデスクに残る私物も、手の付けようがありません。ちなににAさんは独身だそうで連絡の取れる関係者もおらず、完全に手詰まりの状態となりました。

さらに驚いたのは、Aさんが担当していた十数名のご利用者が、こちらとの契約を終えたいと言ってきたことです。その理由について、利用者も家族も教えてくれませんでしたが、最近、よそのケアマネ仲間から、Aさんが1人ケアマネとして活動していること、そして以前、私の事業所で担当していた利用者と契約しているらしいことを教えてくれました。

働き方を選ぶのは労働者の権利であることは理解しています。それでも、こんな非常識で身勝手な行動が許されるのでしょうか。

A 実は独立される側は極めて弱い!

大変にお気の毒ですが、結論としてはAさんに何らかのペナルティや賠償を求めることは難しいでしょう。

民事においてはご利用者というお客さんを奪われ、その分の利益を失い、損害賠償を請求することが考えられます。さらにご利用者を私物化している(ことが強く推測される)ことで、ケアマネが遵守すべき公正中立が損なわれている(運営基準第一条の二第3項)といえ、所属する都道府県から処罰を受けるべきではないか、とも思えるのですが…

順番に検討していきましょう。

ご利用者の奪い去りを証明することの難しさ

まず民事においては、利用者を奪われたことを理由に、得られたはずの介護報酬相当額を損害として請求することは可能です。訪問系事業、特に訪問看護ではこうした独立トラブルが多く、実際に裁判例も存在するのですが、筆者の知る限りでは請求が全面的に認められたケースはほとんど存在しません。

なぜかというと、そうしたご利用者の「奪い去り」を立証するのが、難しいからです。

本件でいえばAさんが担当するご家庭に「今度独立するから、うちに契約を変えて下さい」など、はっきりと契約移行を求めるか、あるいはご利用者やご家族を騙すような故意があったことを立証しなければなりません。

ですが、実際には、そのようなあからさまな対応は、あまり考えられません。おそらく、Aさんは「実は辞めるんです」と説明するだけでしょう。だが、ご利用者は、担当しているケアマネから辞めるといわれれば、ほとんど当たり前のように「えっ。じゃあ、このあと、あなた、どうするの?」と反問するでしょう。そこでAさんが「独立するんです」と伝えれば、ご利用者の何割かは「そう。…なら引き続きあなたにお願いしたいから、契約を変えるわ」という風に、話を勝手に進めてしまうはずです。そして、そこまで話が進んでしまえば、ご家族側と口裏を合わせられるのAさんは「自分は引き抜き行為などしていない」と、胸を張って言い切ることができるわけです。

ご利用者が認知症であれば、さらに問題は複雑になりますが、現実問題としてそのようなご利用者を裁判に巻き込むことも気が引けますし、どうとでも話は作ることができます。

「職場放棄」と「事業所の損害」の因果関係の立証も困難

ならば急に退職の意思を表明し、引き継ぎもせず放り出したことの責任を問うことはできないのでしょうか。

民法上最短でも14日前には退職の意志を通知することが義務とされていますから、いきなり職場放棄することは違法で、その分の賠償を請求することが可能です。

しかし、その被害額が、裁判で争うべき額(例えば、数百万円ほど)になるかどうか、極めて難しいところです。後任のケアマネを探すために要した広告費や紹介料などまで請求しようとしても、そうした費用と職場放棄との因果関係が法廷で認められるかも未知数です。

個人情報保護や不正競争防止法で戦える可能性もあるが…

ただし、例えばAさんがご利用者の情報を私用のパソコンに移し、独立後も利用したことがあれば、れっきとした違法行為となります。実際、個人情報保護法には次のような罰則規定が存在します。

法第百七十九条 個人情報取扱事業者(その者が法人である場合にあっては、その役員、代表者又は管理人)若しくはその従業者又はこれらであった者が、その業務に関して取り扱った個人情報データベース等を自己若しくは第三者の不正な利益を図る目的で提供し、又は盗用したときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

さらに情報の持ち出しは不正競争防止法にも抵触し、刑事罰が科される可能性もあります。

しかし、仮に個人情報保護法に抵触するような行為があったとしても、このような軽微な事案で警察が動き、立件される可能性は小さいでしょう。また不正競争防止法への抵触に関しては、ご利用者の情報が「営業秘密」として指定され厳重に扱われていることが前提となります。逆にいえば、事業所外にご利用者の情報の持ち出しなどを認めていたとすれば、不正競争防止法で争うのも困難なのです。

徹底したいのは「採用時の工夫」

以上の検証を踏まえ、改めて強調します。残念ながら、独立される側は、実に立場が弱いのが現実なのです。

だからこそ、採用の段階では、守秘義務や退職時の引き継ぎに関する誓約書にサインをしてもらったり、指示に従うよう繰り返し求めたりするなどのコントロールが重要となります。特に、規模の小さな訪問系の事業所では、これらの工夫を忘れないよう、細心の注意を払う必要があります。

外岡潤
1980年札幌生まれ。99年東京大学文科Ⅰ類入学、2005年に司法試験合格。07年弁護士登録(第二東京弁護士会)後、ブレークモア法律事務所、城山総合法律事務所を経て、09年4月法律事務所おかげさまを設立。09年8月ホームヘルパー2級取得。09年10月視覚障害者移動介護従業者(視覚ガイドヘルパー)取得。セミナー・講演などで専門的な話を分かりやすく、楽しく説明することを得意とし、特に独自の経験と論理に基づいた介護トラブルの回避に関するセミナーには定評がある。主な著書は『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)、『介護トラブル対処法~外岡流3つの掟~』(メディカ出版)、『介護職員のためのリスクマネジメント養成講座』(レクシスネクシス・ジャパン)など。「弁護士 外岡 潤が教える介護トラブル解決チャンネル」も、運営中。

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