弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」
お金をかけないプランにこだわるご家族
- 2025/05/28 15:47 配信
- 弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」
- 外岡潤
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物価高騰が続いていることもあり、ご利用者の中には、少しでも月々の介護にかける費用を抑えようという、強い希望を持たれる方もいるのではないでしょうか。中には、どうしても必要であっても「保険外サービス(自費サービス)の利用など、もってのほか!」というご家族もいるでしょう。そうした場合、どう考え、対処すべきでしょうか。
「保険外」というだけで一切拒否!どうしたら…
保険外のサービスの利用を頑なに拒むご利用者家族に頭を痛めています。
利用者Aさん:88歳女性。要介護3、認知症あり。食事のみ自立。排泄・入浴は介助が必要。夫とは5年前に死別し、住み慣れた実家で長男と二人暮らし。
ご家族(長男):利用者と同居。55歳独身。アルバイトなどを掛け持ちして得た収入と母親の年金で生活している。収入が安定していないため、母親のサービスも含め、何とか出費を絞り込もうとしている。アルバイトの関係上週に1日程度家を空けている。母の介護を一手に引き受けており、妹がいるが仲が悪い。過去に父の遺産を巡りトラブルになり、それ以来コミュニケーションを取っていない。
家族(長女):長男の妹。隣県で生活。結婚し子供もいる。共働きで生活は安定している。月に1回程度は家の様子を見に来るが、母親の介護は長男に任せきり。ケアマネは、長男から「妹には連絡しないでくれ」と言われている。介護のお金も出そうとしない。
利用サービス:デイサービス(週2回)、福祉用具(手すり、ポータルトイレ、介護ベッド)、訪問介護(週2回)
ご利用者のAさんは最近、認知症が進み、家族とそれ以外の方の見分けもつかない状態ですが、自宅で暮らすことを強く希望されています。同居するキーパーソンであるご長男も、その点に異論はなく、できる限りAさんの介助をしてくれています。
ただ問題は、ご長男の収入が不安定で生活が苦しいこと。日雇いのアルバイトを掛け持ちし、なんとか収入を得ていますが、月によって得られる収入は大きく異なります。
また、工事現場など夜通し作業するバイトで家を丸2日開けることも珍しくありませんが、こうした日も、かなり問題です。Aさんは、水分補給と簡単な食事くらいは1人でできますが、トイレは介助がないとできません。長男が家を長時間開けるときは、やむを得ずおむつを付けてもらいます。それでも、24時間以上おむつを付けたままだと排泄物があふれてしまい、ベッドと布団がよごれてしまいます。
こうしたことが定期的に起こっているため、私はご長男に「1日以上家を空ける時だけ、スポットで家政婦に来てもらうことを検討してはどうか」と提案しました。
本来ならヘルパーを付けたり、ショートステイなど介護保険サービスを利用すればよいのですが、人手不足の昨今、ショートステイは予約が困難なときが多く、ヘルパーをも間帯に確保することは、事実上不可能です。一方、民間の家政婦サービスならピンポイントでの対応が可能でした。
ただ、その場合は自費になるため1回あたり数千円のお金がかかります。そしてこのような自費サービスの提案に対して、長男は一顧だにしません。理由は簡単、「そこまでお金を掛けたくない」から。
正直、月1、2回程度の短時間の保険外サービス利用が負担できないとは思いません。長男だけならわからなくもないですが、長女と協力すれば全くできない、ということは考え難いのです。
ヘルパー不足が深刻化し、事業所の数も増えそうにない今後、保険外サービスに頼ることは増えると思います。そして、この家族のように「保険外」というだけで、何もかも受け付けないようだと、利用者の生活の質も、それを支える家族の余裕も失われる一方に思えます。
こうしたケースで、どのように対応していけばいいのでしょうか。
A 法的には妹にも扶養義務がありますが…
妹さんが金銭的援助をしてくれれば丸く収まりそうですが、仮に妹さんが承諾してもご長男の方が固辞しそうですね。悩ましい問題です。
法的観点から、本件のような場合に子供の立場で親に経済的援助をする義務を負うのかという点を確認しておきましょう。
まず二人のお子さんは、等しくAさんに対する「扶養義務」を負っています。
(民法877条 扶養義務者)
1 直系血族及び兄弟姉妹は,互いに扶養をする義務がある。
2 家庭裁判所は,特別の事情があるときは,前項に規定する場合のほか,3親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
当事者が複数いる場合、誰がどのような扶養をするかについては、当事者間で話し合い決めることが原則とされています(民法第878、879条)。
そして、この「扶養」の程度としては、夫婦間や親が未成年の子の面倒をみる場合に生じる「生活保持義務」(自分と同程度の生活水準を提供する)までは至らず、「生活扶助義務」(自分の生活に経済的余裕があるときに協力する)で足りるとされています。本件でも、長男さんと妹さんはそれぞれ、自分の生計が立った上で可能であれば援助をすれば良いということになります。
その観点に立てば、長男はAさんの年金も自分の生活費に充てているので、まず、そこを改めなければなりません。
つまり「Aさんの収入は全てAさんの生活に使った上で、自分の生計を立て、余裕があればAさんを支援する」ということになります。
もっとも現実問題として、長男とAさんは同居し生計を共にしているので、こうした分離は難しいかと思います。
一方妹は、事情はどうあれこれまでAさんの介護について何も協力してこなかった上、生活も安定しているようですので、Aさんから扶養義務の履行を求めることは可能といえます。
問題は、頑固な長男をどう説得するか
しかし、こうした扶養義務は、究極的には法の力で強制できるものではありません。当事者が非協力的であれば話は進まないのです。
本件では長男から妹に援助を求める事は期待し難いようですが、まずは、ダメ元でそのような道はないか、長男に尋ねてみると良いものと思います。
その上で、家政婦のサービスを導入しないことで著しく不衛生な状態のまま放置されてしまうという現実がありますから、これは高齢者虐待防止法の介護放棄(ネグレクト)に当たる可能性があります。いきなり「虐待ですよ」と指摘することはためらわれますが、地域包括支援センターにも相談し、センターの方からも長男を説得してもらうなど、チームで対応していくことが妥当といえるでしょう。
自費サービスを使わないことが、直ちに虐待に当たる訳でないのですが、こうしたことは程度問題であり、Aさんの生命身体の安全が脅かされるような場合は周囲の支援者としても、ある程度は毅然と対処する必要があります。

- 外岡潤
- 1980年札幌生まれ。99年東京大学文科Ⅰ類入学、2005年に司法試験合格。07年弁護士登録(第二東京弁護士会)後、ブレークモア法律事務所、城山総合法律事務所を経て、09年4月法律事務所おかげさまを設立。09年8月ホームヘルパー2級取得。09年10月視覚障害者移動介護従業者(視覚ガイドヘルパー)取得。セミナー・講演などで専門的な話を分かりやすく、楽しく説明することを得意とし、特に独自の経験と論理に基づいた介護トラブルの回避に関するセミナーには定評がある。主な著書は『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)、『介護トラブル対処法~外岡流3つの掟~』(メディカ出版)、『介護職員のためのリスクマネジメント養成講座』(レクシスネクシス・ジャパン)など。「弁護士 外岡 潤が教える介護トラブル解決チャンネル」も、運営中。
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