生成AI×編集部で紡ぐショートストーリー

【ケアマネ小説】砂漠の街の小さな砦・後編

文書生成AIを活用し、ケアマネジメント・オンライン編集部が作成した「ケアマネ小説」。今回は、古い家で最期まで過ごしたいとこいねがう、独居のご利用者を担当するケアマネジャーさんのストーリーです。

【この小説の前編】
砂漠の街の小さな砦・前編

田中さんの家を訪れた日の夕方、改めてサービス担当者会議を開くための連絡調整を開始しました。

既に田中さんのケアプランには、訪問入浴や訪問診療、訪問看護、訪問介護が位置付けられています。ただ、最期の瞬間まで、心の砦であるあの家で過ごしてもらうことは想定していませんでしたから、改めて、その内容を練り直す必要があったのです。

会議を開いたのは、それから2日後の昼過ぎでのことでした。

幸い、医師や訪問看護師、ヘルパー、福祉用具専門相談員など、田中さんに関わるほぼすべての人が参加してくれました。田中さんも参加しましたが、鎮痛剤を使った影響か、会議が終わるころには、夢見心地といった様子でした。

会議では、褥瘡を予防するため翌日午後にはエアマットを入れることや、冷蔵庫に栄養剤を常備し、うまく食事がとれない時にのんでもらうことが決まりました。エアマットは少しでも早く導入したかったのですが、福祉用具貸与事業所の在庫状況などから、それが精いっぱいの早さ、とのことでした。

会議終了後、医師の山田さんが東北出身であることを思い出し、先日、耳にした、あのお国言葉の意味を聞いてみました。

「『めやぐだじゃ』…あぁ、それ、青森あたりの言葉ですよ。津軽弁ですね。意味は『ありがとう。ご迷惑をおかけします』って、ところですかね」

それにしても、何でそんな言葉を?と尋ねる山田さんに、私は、田中さんが東北出身者であったことや、今の家は妻と二人で必死に築き上げ、守り抜いてきた『心の砦』であること、その想いを守るためにも、最期まで、田中さんが自宅で過ごせる体制を整えたいことを説明しました。

「そうですか。なまりを気にしていたはずの田中さんが、『めやぐだじゃ』と。きっと、自分の想いを受け止め、心配してくれた美紀さんに、心の底から感謝されていたんでしょうね」

いつの間にか、会議に参加していたメンバー全員が、黙って私たちの話に耳を傾けていました。

と、福祉用具専門相談員の塚本さんが言いました。
「エアマット、明日の朝一番には届けますよ。いや、田中さんさえ問題なければ、今から用意し、今夜中には納入します」
「えっ!?大丈夫ですか?在庫がないって話だったけど…」
「さっきメールで問合せたら、隣の県の系列の事業所にはあるそうです。ひとっ走りして取ってきますよ」
すると今度は、へルパーの渡辺さんと訪問看護師の都さんが立ち上がり、声をかけてきました。
「私たちで、今から栄養剤を買ってくるよ」
「今夜中には、塚本さんのエアマットの納入にあわせて、田中さんの家に出向いて、届けよう」

皆、急にどうしたの?一気に前のめりに動き出した専門職たちに戸惑っていると、山田さんが微笑みながら言いました。

「さっきの話で、みんなに、美紀さんの想いが伝染しちゃったね。私も、塚本さんや渡辺さん、都さんと一緒に、また来ます」

その日の午後8時過ぎ、エアマットの搬入にあわせて、みんなで再び田中さんの家を訪問しました。
そのころには田中さんも目を覚ましていましたが、再び、それもみんなで訪問してきたことに、目を見開いて驚いています。

田中さんが、車いすに座ってマットの交換を待っている間、山田さんが声を掛けました。
「夜遅ぐにすわねね。んだども、皆、少しでもはえぐ対応してえど思ったすけ」(※夜遅くにすいません。だけど、みな、少しでも早く対応したいと思ったので)
え、と田中さんが目を上げました。
「せんせも東北出身なんだが?」
「んだ。南部の出身だよ。たながさんのお隣だ。久しぶりにお隣のお国なまり聞げで、やだらうれしいじゃ」
「…うれすいのはこぢらだ。せんせ、みなさん。こったば、げにまで、わのこど気にかげでけで、ほんにどうも。めやぐだ」
こんなに夜中にまで気にかけてくれてありがとう。そう言って、みんなに頭を下げる田中さんの目には光るものがうかんでいました。

その日の作業が終わったのは、午後10時を過ぎ。塚本さんの車で最寄りの駅まで送ってもらう途中は、当然のように、それぞれのお国言葉の話題で盛り上がりました。

「うちの地元では『めやぐだ』は、『だんだん』ですね」とは、大分出身の都さん。
福井出身の渡辺さんは「うちでは『きのどくな~』っていうことがある」
「南部でも古い人は『おもさげながんす』と言いますよ」とは山田先生です。

東京出身の私だけは、会話の輪に入ることができません。
しょうがなく、黙って運転している塚本さんに、別の話題を振ってみました。
「今日は迅速な対応、ありがとうございました。でも、ご迷惑ではなかったですか」
ははっ、と笑いながら塚本さんは首を横に振りました。
「ちっとも。後で所長に嫌味を言われるかもしれないけど、せいぜい、そんなくらいですよ」
事情を説明したら、隣の県の担当者も、むしろ積極的に協力してくれたとか。
「ありがたいですね。頭が下がります」
すると、塚本さんは、にやっと笑いながら言いました。
「私の出身の秋田では、『おーぎに』」
ぷっ、とみんなが噴き出す声が聞こえます。
「ええ、ええ!どーせ、私は東京モンですよぉ」
ふくれてみせると、車内は笑いの渦に包まれました。

笑いが収まった後、塚本さんがつぶやくように言いました。
「なんていうのかな…。今日は、美紀さんの話を聞いたら、居ても立ってもいられなくなってしまってね。私もね、10年ほど前に東京に出てきたばかりのころは、田中さんと同じように、東京という街を冷たいと思い続けていた。心のどこかで憎んでいました。でもね。美紀さんや皆さんと一緒に仕事をするようになってから、東京も捨てたもんじゃないと思えるようになったのです」

東京という街を、心のどこかで憎んでいた―。都さんも渡辺さんも山田さんも。身じろぎもしない沈黙をもって、その言葉に同意しています。

「だからね、きれいごとかもしれないけどね。今日、ちょっとがんばっちゃったのは、田中さんにも、東京も、そうそう捨てたもんじゃないと思ってほしかったからもしれません」

大きくうなずきながら、山田さんが続けました。
「私も同じ思いです。東京に絶望したまま旅立たれてしまっては、東北者の後輩として、申し訳ない気がする」
都さんも、渡辺さんも力強くうなずいています。

突然、都さんが私の肩を強くつかみました。
「東京も、東京モンも捨てたもんじゃないよね!田中さんにも、それを感じてもらえるよう、私たちもやれることをやるよ!」

その後も、田中さんに関わる関係者は、みな―山田さんも塚本さんも渡辺さんも都さんも―特に私が呼びかけるまでもなく、自発的に情報を共有しあい、日々、よりよい対応を模索しながら、心の砦で最期の時を過ごしている田中さんを支え続けてくれました。

田中さんが旅立たれたのは、私が「めやぐだじゃ」と声を掛けられてから1カ月ほど経った日のことです。朝、訪問した渡辺さんが、ベッドの上で眠るように息を引き取っている田中さんを発見したのです。

「枕元に和子さんの写真とご遺骨を置き、亡くなられていましたよ。なんだが微笑んでいるように見えたので、つい、『田中さーん、おはようございます!』って、あいさつしちゃったくらいです」

そう見えた、ではなく、ほんとうに微笑みながら旅立たれたのでしょう。出来過ぎな、でも田中さんには、それしかありえない旅立ちでした。

その後、田中さんの遺体は、自治体によって火葬されました。通夜や告別式どころか、弔辞も読経もなにもなく、ただ燃やされ、骨を集められただけです。

遺骨は自治体が保管はしていますが、あと5年もすれば、妻の遺骨とともに無縁塚に埋葬されることになるでしょう。自治体の関係者から伝え聞いたところだと、青森に住む兄が、葬式などはおろか、遺骨の受け取りも拒絶したとのことでした。

でも、田中さんはそうなることも受け入れていました。

「たぶん、故郷の兄は、私を墓には入れてくれないでしょう。でも、私も妻もそれでいいと思っています。いや…むしろ、入ってくれと言われても、こちらから願い下げだな。無縁塚でいい。和子と二人で入れるなら、それでいい」

火葬が終わってから1カ月後。たまたま、田中さんの家があった場所を通ると、あのトタンの家は完全に取り壊され、更地になっていました。

街の一画に、ぽっかりと空いた小さな空間。どの町にでもある、そのありふれた光景が、なぜかひどく私の心をかき乱しました。

いつの間にか、その空間の前にしゃがみ、むせび泣きながら手を合わす自分がそこにいました。

(私は、忘れませんから。この後、この土地がどんな姿になろうとも、砂漠の街で生き抜くための2人だけの心の砦が、ここにあったことを)

耳元で、番(つがい)の男女に、あの優しいお国言葉をささやかれた気がしました。

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