弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」
※この記事は 2022年1月31日 に書かれたもので、内容が古い可能性がありますのでご注意ください。
認知症で「物盗られ妄想」が激しい利用者&無関心な家族への対応策
- 2022/01/31 09:00 配信
- 弁護士からの応援寄稿「知っておきたいトラブル事例と対応策」
- 外岡潤
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ケアマネジャーやヘルパーらの訪問系サービスで定番のトラブルが「金品類を盗られた」問題です。筆者の感覚としては、まれに本当に盗んでいるケースもありますが、ほとんどはご利用者の勘違いや思い込み。いわゆる「物盗られ妄想」です。
しかし、訪問サービスは通常一人で出向くため、どれほど「自分はやっていない」と主張しても、他に証言してくれる味方もおらず、心細い思いや恐怖を抱くこともあるかもしれません。万一、自分がそのような濡れ衣を着せられたとき、個人として、あるいは事業所として、どう対処すべきかについて解説します。
濡れ衣であることが明らかなケース
自宅に出入りするケアマネやヘルパー、あるいは近所の誰かが家に侵入し、アクセサリーや帽子、ハンドバッグなどの物を盗っていくと思い込んでいる利用者(80代女性、要介護1、軽度の認知症)。長男とその嫁が同居している。昔はそのようなことはなかったが、歳を重ねるにつれて猜疑心が強まっている。
実際に盗られているわけではなく、単に見失っているだけ。だが、見失っている間は、「あんたが盗ったのか!それともヘルパーか?!みんなグルか!!」などと興奮し、目の前の人間を激しく問い詰め、「本当に盗んでないなら証明してみろ!」と迫ってくる。
後日見つかったとしても「警察に逮捕されるのが怖くなって、そっと戻しておいたのでしょう、えぇ?」などと余計に食ってかかる始末。プライドが高く、自分のミスを認めない上に、他人の指摘やアドバイスを聞かない。
同居家族は、身内はターゲットにされないのをいいことに、我関せずの状態。ケアマネやヘルパーが暴言を浴びている時も、無視をして何の対応もしない。
ケアマネとして、どう対処すべきでしょうか?
「盗っていないことの証明」はできない
この利用者は「盗んでないなら証明してみろ!」と言っていますが、これを真に受けて「どうしよう…」と困り果ててしまう人もいるかもしれません。ですが、法的にみてそのようなことはあり得ませんのでご安心ください。
このように「(犯罪などを)やっていないことの証明」は「悪魔の証明」と言われており、そもそも不可能なことなのです。
いうまでもなく他人のものを盗むことは窃盗罪であり、もし本当にしたのであれば犯罪として裁かれます。そのとき、刑事裁判で被告人(犯罪をしたと疑われている人)の犯罪を立証するのは、検察官の責任です。また「疑わしきは被告人の利益に」という言葉があり、刑事裁判では被疑者の自白だけで有罪とすることはできず、ほぼ間違いなく、その人がやったのだろうと言えるレベルまで犯罪事実を立証しなければ有罪にできません。
例えば、実際に盗む瞬間が隠しカメラで録画されていたといった「動かぬ証拠」でもない限り、現実に窃盗罪で有罪となることはないと言って良いでしょう。
そうはいっても、毎回ここまで激しく濡れ衣の責任を追及されたのでは困ってしまいます。いわゆるカスタマーハラスメントともいえ、何らかの対策が必要です。この点、本件のように相手が認知症で正確な理解ができないとしても、現実にヘルパーや事業所は迷惑を被っていることに変わりはなく、放置しておくことはできません。
まずは家族に対し、協力を求める
本件では、やはり同居の家族に対し、正式にこの利用者の言動を抑えてもらうよう申し入れるべきでしょう。家族がこの状況を知りながら無視を決め込むのには何らかの理由がありそうですが、物盗られ妄想で現場が困っていることをしっかり時間をとって面談して伝え、一緒に改善に向け考えてもらうよう頼みます。その際、あまり家族を「非協力的」などと決めつけることなく、その言い分や思いをよく傾聴し、対立関係にあるわけではないことを理解してもらうようにしましょう。
また、具体的な解決策ですが、例えば、この利用者宅がモノであふれており、整理整頓ができていないようであれば、アクセサリーなどの貴重品の置き場所をきれいにするといった片付けが効果的かもしれません。あるいは、認知症の薬の影響で興奮するといった傾向がみられるのであれば、薬を変えてみるなどの方法が有効ということも考えられます。できるだけ多くの職種が連携し、さまざまな角度から解決策を考えましょう。
家族と協力できない場合は契約解除も視野に
もし、家族とも協力体制が築けないようであれば、やむを得ず事業所側から契約を解除することも検討しなければなりません。利用者の言動はいわゆる信頼関係を破壊する行為であり、認知症であるとしても同居家族も問題解決に向け非協力的なのであれば改善の見込みがなく、通常想定されるサービスを提供できかねるためです。
解除の方法はシンプルです。解除通知を利用者宅に送る(確かに届けたことを証明するため、内容証明と配達証明を付けて郵送します)ことで成立します。ただ、解除の原因となった事実を具体的に記す必要があります。例えば、何月何日に利用者宅を訪問したところ、「盗ったことを認めろ」と詰問された…といった事実ですが、こうした事実は解除する側が立証できなければなりません。いざというときに備え、問題となる言動は日頃から詳細に記録しておくようにしましょう。

- 外岡潤
- 1980年札幌生まれ。99年東京大学文科Ⅰ類入学、2005年に司法試験合格。07年弁護士登録(第二東京弁護士会)後、ブレークモア法律事務所、城山総合法律事務所を経て、09年4月法律事務所おかげさまを設立。09年8月ホームヘルパー2級取得。09年10月視覚障害者移動介護従業者(視覚ガイドヘルパー)取得。セミナー・講演などで専門的な話を分かりやすく、楽しく説明することを得意とし、特に独自の経験と論理に基づいた介護トラブルの回避に関するセミナーには定評がある。主な著書は『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)、『介護トラブル対処法~外岡流3つの掟~』(メディカ出版)、『介護職員のためのリスクマネジメント養成講座』(レクシスネクシス・ジャパン)など。「弁護士 外岡 潤が教える介護トラブル解決チャンネル」も、運営中。
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